はじめまして、株式会社エフ・ピー・サポート代表の武田です。

私は都市銀行での勤務経験と会計事務所、そして零細企業での経理、資金繰り担当として様々な財務にまつわる経験をしてまいりました。
その経験を通じて、お金を通じての会社と銀行との駆け引き、資金繰りの現場を相当数見てきました。
その経験を中小零細企業経営者様にコンサルタントとして伝えていきたいと考えております。
コンサルとして融資実行に携わった案件数は200社以上・融資実行額は30億円以上に達します。
みなさん、銀行とは昔からなんとなく敷居の高いものだというイメージはありませんでしたか。私自身、現在は銀行さんと協力して資金調達のお仕事をさせていただいたり、中小企業の資金繰りの相談に乗ったりしてはおりましたが、大学を卒業して都市銀行に入行するまでは銀行というものとの接点はほとんどありませんでした。
私の実家もサラリーマン家庭であり、商売をしている家庭とは違い銀行員が家に出入りすることはまったくなかったのです。
ですから、私の銀行員に対するイメージは非常に堅くてお金を数えてばかりいるくせにお給料は良くて威張っている人というものでした。
しかしながらおりしものバブル景気後半でそのころの就職活動時の希望先の選択肢としてはどうしても高給取り、安定しているなどのことから短絡的に証券会社や銀行が入ってくるものでした。逆に金融機関のほうも数字に強い理系の学生を大量に採用しようとのことで私が在籍していた大学からも多くの人間が銀行を含めた金融機関へと就職していったのです。
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| 銀行員時代の支店での仕事 |
埼玉県の小都市の駅前店舗に勤務になった私は、銀行指定の寮に住み込んでの銀行での生活が始まりました。
最初は、現金出納回りの仕事(銀行内での現金の出し入れ)を手伝ったり、銀行内外のATMのお金の詰め替えなどを行った後、為替、窓口、住宅ローン担当、事業資金融資、外回りと様々な仕事をこなしてゆきました。
融資業務や外回りは本当に楽しかったです。大学卒業したての20台中盤の若いお兄ちゃんに自分の親と代わらないような年齢の社長が頭を下げて日参してくるわけです。自分自身が世の中の経済活動の中で役に立っているのだという自負はありました。
また、融資、営業はやはり数字がすべてであり、定期預金の獲得、融資の獲得などは数字を挙げたものが偉いという風潮があり、私自身もつきに恵まれていたというのもありましたが能力がない割に実績は残せていたと思います。
能力がない割にちやほやされていた私は、ずっとこのままでよいのだろうかという不安を常に心に抱いており、その気持ちはいつの日か独立して司法書士もしくは税理士として、そしてコンサルタントとして生きてゆきたいという気持ちにつながってゆくことになってくるのでした。
先輩や上司に銀行を辞めたい旨の相談をしても取り合ってくれませんし、数字はある程度のものが残っておりましたのでそれなりに毎日楽しい日々を過ごしておりましたが、気持ちはずっと悶々としたままでした。
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| 銀行との決別 |
ある日、小さな事件がありました。
住宅ローンの返済を私が窓口で数千万円程度お客様から受けたのですが、その返済は借主ではなく第三者からだったのです。私自身は何の疑いもなく手続きを行ったのですが、後日その方と税理士さんが窓口に来られて、借主からでない返済は贈与税にあたるので贈与税が数百万円かかってしまう!なぜ、銀行員としてそのことを事前にお客様に一言言ってくれなかったのか!
私は、改めて自分の知識のなさに愕然としそのとき将来の方向性を、自力で生きていける税理士などの独立業務、もしくはコンサルタントと心に決めたのです。
上司や先輩を説得し銀行を辞めたのはその2ヵ月後のことでした。
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| 会計事務所での仕事 |
銀行を辞めるのと同時並行で就職先を探した結果私が見つけたのは東京の会計事務所でした。ここでの経験は今の仕事につながる非常に貴重な経験ばかりでした。もと銀行員というブランドをフル活用させていただいたこの先生には今でも感謝しております。
会計事務所業務である会社の決算書の作成、所得税の計算、相続税、譲渡所得税など私はなんにでも首を突っ込み、また中小企業の社長には僕が元銀行員ということで融資の相談を受けることが頻繁にありました。
今考えると、このときの生活は銀行生活にも増して本当に楽しく、自分の中に銀行時代には知らなかった知識がたくさん蓄積されてゆくことが自分自身への自信へとかわってゆきました。
そこで天狗になっていた私はこのときに知り合った会社の社長に最終的には引き抜かれることとなるのですが、その先では裏腹に地獄のような日々が待っていたのです。
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| 独立と中小企業での経験 |
私が入社した会社は衣料品関連の会社で、私自身が会計事務所時代に担当していた会社でしたがその頃丁度大口の仕事を獲得し,売上も好調に伸びておりました。私は、そのタイミングで増加運転資金ということで都市銀行から資金を調達することに成功し、そのかいもあり、その会社もその仕事を見事受注し絵に描いたような増収増益を重ねていました。
私はその会社に業務委託・コンサルとして会計、財務の担当として入社し会計業務を行っておりました。しかし、その後業績は急降下し、最初は鳴り物入りで私を迎えてくれた社長は資金繰りから逃げてゆき結局、私一人が資金繰りの現場に残されました。
業況は最悪で、売上はまったく立たない中での銀行への返済、業者への支払い、督促の嵐の中私は黙々と自分の資金を投入してまで必死で資金を回しました。業者には頭を下げて回り、売上先にも有利な売上入金交渉を行い、社長に持っていかされた請求書を目の前にたたきつけられて説教されたこともあります。
私の都市銀行で培ったプライドや会計事務所での知恵や経験などは木っ端微塵なってしまい、ビジネスの現場での本当の厳しさを、中小零細企業の現場の大変さを身を持って経験しました。
また、会社内で行われる営業会議に於いては社長を中心とする営業担当者にいついつまでにこれだけの売上の入金がないと資金が回らない、ということで再三説明するのですが、結局お客さんの都合で売上入金が伸びただの、なくなっただの・・・・・挙句の果て私自身が会社の資金を横領しているのではないかぐらいのことを言われ、結局私自身が責任をとるような形でその会社を辞めさせられるような形になったのです。
その会社で私が感じたのは、普通の会社でいう財務、経理のような寡黙なイメージではそのような仕事はできない!ということです。
営業は売上が上げられないことに対しての責任をとらなくても良いが、経理、財務はお金がなくなると責任を問われてしまうというジレンマだったのです。
この会社での経験はホントにつらくて今思い出しても情けなくなるのですが、赤字企業の資金繰りの厳しさを身をもって経験することができたわけです。そして、中小零細企業の営業力の大切さと資金調達能力の重要性を身にしみて感じることができました。
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